『新たなる旅立ちヘ』


カラン、カラーーン・・・。

淡い栗色の髪の少年の持つ剣が、カトレットの剣によって弾かれ、
石畳に乾いた音を立てて転がった。
カトレットはそれを横目で見つつ、ゆっくりと剣を収める。
 
「ありゃ〜ボクのまけ〜。・・・やっぱり姉上はつよいねーーっ!!」

飛ばされた剣を拾いながら、尊敬の眼差しで自分を見上げるのは、弟のリオールだ。

「いいや、リオールもなかなか強くなった。もう少し大きくなったら、負けそうだなぁ」

と、にこにこと笑いながら、カトレットはそれに答える。
いつもはキリッとしている目じりも、今は垂れ下がっていた。
カトレットは、この年の離れた6歳の弟が、可愛くてしょうがなかった。
もともと可愛いものは大好きだったが、素直に自分を慕ってくれる弟の事は、
目に入れても痛くない程、溺愛している。

「ほんとっ!?ボク、つよくなった?わ〜い、やったぁ☆
 ボクね、もっともっとつよくなって、姉上や兄上を守ってあげるんだっ!」

大きな瞳をキラキラさせて喜ぶリオールを、思わず「可愛い!!」と抱きしめる(笑)
しかし、端から見たら『誘拐か!?』と、思うような光景でも、ここ、ディスティー家では
日常茶飯事であった。
リオールの方も、よくカトレットに抱きしめられているので、特に驚きもせず、にこにこしている。
―――と、そんなカトレットのささやかな幸せを、ぶち壊すような声が聞こえてきた。

「カトルーー!?カトレットーー!!出てきなさいーーーっっ!!!」

屋敷中に響き渡るのではないかという程の大音量で、自分の探す母の声が
ズンズンとこちらへ近づいてくる。

『うっ!また<例の話>かっ!?』

焦って隠れ場所を探すカトレットに気づかず、事情をしらないリオールは、

「母上〜!姉上ならここにいるよ〜〜〜!」

と、母に向かって無邪気に答える。
ギロッとこちらを向く母。顔は般若の様である。
カトレットはその形相に一瞬固まるが、すぐに脱兎のごとく駆け出すのだった・・・。

++++++++

『はぁ・・・、なんとか逃げ切れたな・・・』

息を整えながら屋敷の廊下を歩いていると、

「カトル、カトル〜」

と、小さく自分の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
不審に思って振り向くと、今は家を出ているはずの次男のジョイスが、
長男のスターリーの部屋のドアの隙間から、ちょこんと顔を出して、手招きしていた。
そして、驚いて目を丸くするカトレットに、いたずらそうに笑ってウィンクする。

「ジョイス兄上!久しぶりだなっ。・・・今日は何かあったのか?」

カトレットは、とりあえず、スターリーの部屋に入りながら、久々に合う兄に、不思議そうに問いかけた。
吟遊詩人になる!、と言って次男のジョイスは家を飛び出したのだが、
それでもカトルや家族の誕生日などにはこっそりとプレゼントを持って帰ってきてくれる。

『・・・確か今日は誰の誕生日でもなかったはずだが・・・』

家族の誕生日を思い出しつつ考え込むカトレットに、ジョイスは苦笑交じりで話しかけてきた。

「お前、まだ母上に追いかけられてたんだな。あの<例の話>か?」

「・・・スターリー兄上。話したな・・・?」

仏頂面で、この部屋の主のスターリーを軽く睨む。

「ごめん、カトル・・・。
でも、あの母上の声なら、私が言わなくても分かると思うよ?」

と、ベットから上体を起こしただけのスターリーは、小さく微笑んだ。
色素の薄い栗色の髪が窓からの風に吹かれてふわりと浮かぶ。
瞳も薄い水色で、全体的に淡い色彩の印象の彼は、そのままひっそりと
空気に溶けてしまいそうな雰囲気を纏っていた。
スターリーは、産まれつき体が弱くて、部屋から出ることはあまりない。
しかし、カトレットは、いつも優しく穏やかで物知りなスターリーを尊敬していた。

「ここまで聞こえてきたぜー。あいかわらず元気だな、母上は」

「ああ。 相変わらず、飽きもせずに私に見合い話をもってくるんだ・・・」

そう。<例の話>とは、カトレットの見合い話の事だ。
カトレット自身は、まだ早いと思っているのだが、どうも母は、
すぐにでも結婚して落ちついて欲しいと思っているらしい・・・。
カトレットはいらないと言っても、いくつも見合い話を持って来ては、
「この方はどう?・・・いい加減決めなさいよ」と、にっこり怖い笑顔で聞いてくるのだ。

「私は、まだ結婚する気も無いし、もし結婚するなら、相手は自分で選ぶと
 いつも、母上には言っているのだが・・・。こう、何回も続くと、さすがに疲れてくるな・・・」

脱力しながら呟くカトレットに、ジョイスは、

「実はな、良い話しがあるんだぜ♪見合いを受けなくてすむ方法が」

と言い、にんまり笑いながら言葉を続けた。

「お前『巫女』になれ♪」

「はあ!?」

あまりにも突拍子も無い言葉に、思考回路はついて行けない。
そんなカトレットに苦笑しながら、スターリーが補足説明をしてくれた。

「あのね、ジョイスが言うには、街の神殿では魔力の有る女性を巫女様として迎えてらっしゃるんだって。
 だから『巫女』になれば、母上からの見合い話も受けなくてすむんじゃないかな・・・?」

「『巫女』か・・・。あ、しかし私に魔力は無いと思うが」

そう首を傾げるカトレットに、自信ありげにジョイスが笑う。

「だいじょーぶっ♪実は、カトルには魔力があるんだ、小さい頃からな。
 ただ、うちで唯一の女の子だから、離れるのがイヤで父上と母上が隠していたんだ」

「そう。でも、今はリオールがいるから、それ程反対はされないと思うよ・・・」

穏やかに微笑みながら、そう言うスターリーに、更にジョイスが楽しげに続ける。

「それに!巫女には、警護をしている騎士たちもいる♪だから―――」

恋愛相手もたくさんいるぞ・・・と続けようとした言葉を、

「なるほど!騎士様に剣の稽古をつけてもらえるんだな♪・・・よし、巫女になろう!」

と、嬉しそうに言うカトレットの言葉が遮った。
まだ、恋愛事より、剣の稽古の方が大事な妹に、兄2人は、お互いの顔を見合わせ苦笑する。

(私としては、ただカトルに、普通に幸せになって欲しいだけなんだけどね・・・)

と、スターリーは心から思う。
産まれつき虚弱体質な自分と、剣を持つことが嫌で逃げ出したジョイスの代わりに、
幼い頃から父の厳しい剣の稽古を一人で受け続けたカトレット。
今は、リオールという跡目が出来たことで、カトレットへの過度の期待はなくなったものの、 それでも、まだ稽古は続いている。
本人は、『剣が上達するのは楽しいから』と笑うけれど、年頃の娘らしく普通に恋愛をしたり、
きれいに着飾って欲しいと、ずっと願っていた。
ジョイスの持って来たこの話で、カトレットは少しは女らしくなるのだろうか?

「・・・カトル。いい人に出会うと良いね」

そう、色々な意味を込めて、スターリーは微笑みかける。

「?・・・ああ。色々な人達と友達になれれば良いな」

兄の言葉をそのまま受け取り、にっこりと微笑み返すカトレット。
ジョイスは、そんな鈍感な妹に、ただ苦笑するだけだった・・・


End...


これは、某PB3様に、参加させて頂いてた時にショートストーリーとして送らせて頂いたものです。
ですが、結局そちらは閉鎖なさったため出戻ってきて、現在はオリャラの一人となっています。
カトルは、礼儀作法バッチリなため普段はバリバリ敬語使いますが、親しくなると割と男っぽい話し方なので
少しギャップを感じる方もいらっしゃるんじゃないでしょうか?(^^;