『月見酒』    後編


「それでは、これより契約の儀を執り行う」

厳かにシェンが呪文を唱え始めると、ミルシェライールとユイを取り囲むように光の魔方陣が現れ、
淡く水色の輝きを放つ。

「―――――」

なおも続く呪文の詠唱に、以前、契約した時よりも長いように思えて、
ミルシェライールは、閉じていた瞳をゆっくりと開けた。
すると、足元の魔方陣が水色と青の二重になっている。

(二重ということは・・・契約の術以外に、もう一つ別の術をかけているのか?)

相手が、自らが仕える一族の主と、精霊の長だから、何の術をかけているか分からなくても
不安は全くない。
だが、何故、事前に話さなかなかったのか?
多少訝しく思ったとき、シェンの詠唱が終わった。
ミルシェライールとユイの額に、契約の紋章が浮かびあがる。
魔方陣が輝きを増し、溢れた光に視界を塞がれ、思わずミルシェライールは目をつぶった。

「・・・・・・」

しばしの静寂の後、そろそろと瞼を開ける。
あれだけ眩しかった光はすっかりと落ち着き、大聖堂は元の静けさを取り戻していた。

「終わった・・・のか?」

向かいのシェンとディアネーラを見上げた。

(・・・見上げ?)

シェンを見上げるというのはおかしい。
シェンはミルシェライールよりも背が低く、先ほどまでは見下ろしていたはず。
視界の違和感にミルシェライールが戸惑っていると、
ディアネーラが無言で手鏡を差し出してきた。
声には出さないがディアネーラの目が笑っていることに、一抹の不安を覚えつつ
ミルシェライールは恐る恐る鏡を覗き込んだ。

「・・・・・・・・・・・・」

悠に三十秒はたったのち、

「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!??」

大聖堂中に叫び声が響き渡った。

「・・・騒々しいっ!」

びしっとディアネーラが突っ込むがそれよりも

「お、長っ!こ、子供にっ!何故っっ!?」

と、鏡に映る自らの姿を指差して、ミルシェライールは慌てふためいていた。
鏡に映る姿は、7・8才の子供の姿だった。

「・・・まぁ、しょうがない。
 ユイ様の魔力は膨大。
 コントロール出来るようになるまでは、封じねばならぬじゃろうて?」

そう諭す物言いのディアネーラだが、目は完全に笑っている。

「そんなこと、ひとっっっっことも言っておらぬではないか!」

「当たり前じゃ。言うておいたら、引き受けぬじゃろう?」

扇子を口に当てながら、しれっと答えるディアネーラ。

「いやぁ〜。そうして並んでいると、まるで兄妹のようだね」

ほくほくと満面の笑みのシェンは、すっかりひ孫バカモードに入っている。
周りに誰も助けを求められる人がいないと悟り、ミルシェライールは天を仰いだ。
大聖堂の天窓越しに見える満月がとても綺麗で、
ちょっとだけ現実逃避したくなるミルシェライールだった。

「・・・・・・う・・・ん」

「おお、ユイ。起きてしまったか?」

と、そんな時。
周囲の騒ぎがうるさかったのか、小さく身じろぎしてユイが目覚めた。
小さな手で眠そうに目を擦りながら、辺りを見回す。
そして、目の前にいる見慣れない顔を見つけると、不思議そうに「だーれ?」と問いかけた。

「彼は、これから、ユイとずーっと一緒にいてくれる、ミルシェライールだよ」

そう優しく教えるシェンに、ユイは「ふぅ〜ん」と頷く。
大きな丸い瞳が、しばしミルシェライールを見詰め

「んーとっ。
 ・・・・・・・・・みる、たん?」

と、小さく首をかしげた。

「大分省略するでない!
 わしには、ミルシェライールという立派な名が―――ぐふっ!」

「呼び名など、どうでもよかろう」

怒鳴りかけたミルシェライールの頬に、ディアネーラの右ストレートがクリティカルヒット。

「あははーっ、みるたんおもしろーい!!」

そんな様子を見て、ユイはきゃっきゃと笑っている。
痛む右頬をさすりつつ、これから始まるであろう騒がしい日々を思って、
ミルシェライールは、頬と同時に頭も痛くなるのだった。


++++++++


「・・・そうじゃった。
 あの右ストレートは捻りが効いて、かなりの威力じゃったのぅ・・・」

記憶だけではなく、痛みも蘇ったような気がして、
ミルシェライールは、なんとなく頬をさすった。
あの時は、7・8歳の姿だったが、今はユイが多少魔力のコントロールを覚えて
外見は10歳ぐらいになっている。
だが、それでも、ユイがすべての魔力を自分でコントロール出来るようになって、
元の姿に戻れるのはいつの日になる事だろう・・・と、少し心配に思わなくもない。
だが、そんな日々もまた楽しかろう、と思う自分もいる。
どうしようもない跳ねっ返りで、いつも騒動ばかりおこしているが、
ユイと一緒にいると過去に囚われている暇などなくて、12年などあっという間に過ぎてしまった。

「・・・大神官殿と長に礼を言わねばならぬな」

こうなることを見越して、自分をユイの守護精霊に選んでくれた二人に、心の中で感謝した。


・・・と、そんな風にしんみりとミルシェライールが黄昏ていた時。

「っ!?―――のわ〜〜っ!?」

ザッパーンッ!!と、どこからともなく大量の水が急に現れ、勢いよくミルシェライールを湖へと押し流した。

「なっ、なんじゃっっ!?」

水の精霊なので水によるダメージはないが、「敵襲か!?」と身構えた時、
場違いなほど明るい笑い声が闇に響いた。

「あはははは〜っ!ミルちゃん、ビックリした!?」

ツインテールの少女―――ユイが、あっけらかんと悪びれなく笑いながら現れる。
どうやら、驚かせるためだけに魔法を使い水を呼んだようだった。
そう理解してしばし呆然とするミルシェライール。
しかし、まだ飲みかけの酒を台無しにされたことや、
しんみりと思い出にふけっていた雰囲気をぶち壊されたことに対して、
沸々と怒りが沸いてきた。
そんなミルシェライールの様子に気づいて、ヤバッ、とユイの顔が引きつったが、もう、すでに時遅し。

「・・・・・・・ユ〜〜〜〜イ〜〜〜〜〜っっ??」

地獄の底から響くような声を搾り出しながら、
『水の精霊だが、今なら雷も落とすことが出来るかもしれない』、
頭の隅でそう冷静に思うミルシェライールだった・・・


End...


***あとがき***

ユイとミルシェライールの出会い編。いかがでしたでしょうか?
前に、なんとなくユイの幼い頃の姿を、お絵描き掲示板で書いたことがきっかけで、
『小さい頃は、ミルたんって呼んでいると萌え!』だとかそういう動機で書き始めた気がします(笑)
最初は、短めのお話の予定だったのですが、書いていくうちにどんどんと長くなってしまい
結局、前編・後編に分けることにしました(^^;
普段、文章はめったに書かないのですが、時々書くと、ずんずん長くなる傾向があります(笑)
ユイとミルの関係は、こんな風に昔っから今と変わらないドタバタな感じになっております〜。

2009/01/24 UP
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