『スパルタン』    後編


―――放課後。
オレは、先輩との約束通り、第一体育館へと向かった。
鞄片手に体育館を覗き込むと、早くもユニフォームに着替えた部員達が、準備運動をしている。

(・・・ええと。あの先輩はっと・・・)

昼に会った淡い茶髪な先輩の姿を思い出しながら、オレは視線を泳がす。
と、他のタッパのある部員達に埋もれるようにしている、その小柄な姿を発見した。
こうしてよくよく見ると、ユニフォームから覗く腕や足はなまっちろく、筋肉は思っていたより多少ついてはいたが、
それでも他のガタイの良い部員達からすれば、どことなく頼りなく映る。
ボールを胸に抱え、何やら顧問の先生と話しているようだった。
と、オレの視線に気づいたのか、こちらを見てにっこりと笑い、駆け寄ってくる。

「こんにちは♪来てくれたんだね〜。
 今、ちょうど練習戦やるところだから、中に入って見てってよ」

「あ、はい・・・」

先輩に促され、ぺこっと、軽く頭を下げてから体育館に足を踏み入れる。
そして、邪魔にならないように、コートの外の得点板のあたりに行った。

「おいっ、春木、始めるぞーっ。ボール持って来い!」

体育館の中央から顧問が早く来るよう手招きする。

「あ、はいっ。すみません!」

先輩はそれを見て慌てて部員の輪の中に戻っていった。
オレは、何気なくその頼りない背を見送る。
・・・と、その先輩のユニフォームを見て、驚きに目を見開いた。

(・・・・・・4番っ!?)

普通、バスケの4番と言えば、野球の18番と同じくエースの番号で、キャプテンの背番号でもある。
それを、あのぽやっとした頼りなさげな先輩が着ているという事は・・・。
オレがしばし唖然としている間に、ピッと試合開始の合図とともに、ボールが高く投げられた。

「おー、佐藤っ。部活見学か?」

ボールを投げ終えて、審判役としてコートの外に出てきた顧問の先生が、オレに声を掛ける。
中年腹が愛嬌のある、体育担当の伊藤先生だ。
オレも授業を教えてもらっている。

「・・・あ、はい。さっき話してた先輩に、入部しないかって誘われたんで。
 ・・・って、それより、あの先輩ってキャプテンなんスか?」

「春木か?そうだぞ。あれでも、れっきとしたキャプテンだ」

・・・ただ、普段はそうは見えないけどな、と付け足して苦笑する。

「春木は、あまり背は高くないが、その分、技術でカバーしている。
 小柄な分、小回りもきくしなぁ〜。なかなか良いプレーヤーだぞ」

「へぇ・・・そうなんスか・・・」

半信半疑でコートを見ると、あの昼休みに会った時のようなぽやっとした感じは微塵も見えず、
気のせいか眼差しも鋭いようだった。
3ポイントシュートも難なく決め、部員達とハイタッチをして笑顔で喜んでいる。
自分よりも背の高い部員たちの間を、素早いドリブルで駆け抜けてゆく様は、確かにキャプテンだと言われても、
違和感がない。
先生の言葉に何となく納得しかけたとき、

「佐々木っっ!パスが遅い!!」

コートの中から激しい叱責が飛ぶ。
誰が怒鳴っているのかと、驚いて声の主を見ると、オレはまたしてもあんぐりと口を大きく開け固まってしまった。

「そんなハエの止まるようなのんびりしたパスだと、相手に取られるよ!?
 もっと、的確に味方に渡さないとっ!」

自分よりも背の高い部員を捕まえ、パスが悪いとを厳しく詰るのは・・・
あの例の春木先輩だ。

(・・・さっきと、性格違うぞ・・・)

呆然と、その変貌ぶりを凝視していると、伊藤先生はもう慣れたものなのか、苦笑いして

「春木は、バスケの時はいつもああなんだ・・・。
 いつもは、のんびりとボケたヤツなんだが、バスケとなると、人が変わったように厳しくなるんだな」

(・・・ってか、あれは変わりすぎなんじゃ?(汗)
 ・・・まるっきり別人だぞ・・・)

「・・・これは、ココだけの話だが、後輩達に春木のヤツ『スパルタン』って呼ばれてるらしい。
 練習が厳しすぎてな・・・」

これは誰にも言うんじゃないぞ?と口の前に人差し指を立てる伊藤先生の言葉も、もはやオレの耳には届かなかった・・・。
オレが呆然とする間にも試合は着々と進み、練習試合だというのに相手・味方チーム構わず、
春木先輩の野次は試合終了まで止まる事は無かった・・・。
ようやく試合が終了すると、

「はいっ、5分休憩!」

といって、スタスタとオレの方へ歩いてくる。
何を言われるか、少しびびりながらいると、春木先輩はオレには目もくれず、壁にもたれてどさっと座り込み、
タオルで暑そうに顔を仰扇いだ。
と、はじめて気づいたように、オレへ視線を向ける。

「・・・えと、部活見学の・・・。名前はなんていうんだっけ?」

「あっはい!佐藤健一っていいます!」

オレは、我知らずのうちにびしっと背筋を伸ばして答える。
こちらを向いた春木先輩は、昼に会った時のあのたよりなさげな柔らかい感じは微塵も無く、
別人のように、自信に満ちた表情をしていた。
気のせいではなく目つきもキリッとしていて、真っ直ぐした眼差しでオレを見ている。
よく、本なんかで車に乗ったり刃物を持つと人が変わるって言うのは見たことがあるが、実際にお目にかかると、
その豹変振りにはやはり驚いてしまう。
オレがしばしぼーっとしてると、春木先輩は何やら荷物の置いてあるほうに行って、白い小さな用紙を持ってきた。

「はい。これ、入部届。
 書いたら、オレか先生の方に出してね」

有無を言わさぬ口調。
オレに入部届の用紙を渡した春木先輩は、それだけいうとタオルを置いてコートへ戻ろうとする。

「え!?で、でも、まだ入るか決めたわけじゃ・・・!」

焦って春木先輩を呼びとめたオレは、先輩の一人称が、『僕』から『オレ』に変わっていたことにも全く気づくことなく、
我ながら情けない声をあげた。
春木先輩は、くるっと振りかえると、

「あれ?前にバスケやったことあるって言ってたよね?
 それに、今、タッパ高いの少なくて、困ってたんだ」

春木先輩は、わざとらしく困ったように眉根を寄せ、小さく首を傾げる。
傾げるさいに色素の薄い髪が、さらりと揺れた。
そう言う仕草をしていると、さっきまでのあのシゴキの鬼には全く見えない。

「・・・あ。まさか、オレの『お願い』、断るわけないよね?」

にーーーっこりと、目の笑っていない天使(悪魔か?)の微笑みを受け
オレの選択肢ははもはや一つしかなく・・・。

「・・・・・・はい・・・・・・」

と、ひきつった笑顔で答えるしかなかったのだった。
そして、オレの悪夢な日々が始まる・・・。



End...


優也のスパルタぶり、少しは感じて頂けたでしょうか?(笑)
主人公:佐藤君には災難でしたが・・・。

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